「高鐵」と「80後」
「高鐵」とは、中国が計画しているいわば新幹線。計画では香港まで通すことになっており、駅は西九龍の予定。しかし、膨大な予算がかかる(香港政府が拠出する予算は699億ドル)こと、必要性が疑問視されること、西九龍まで通す理由が不明確。などから、反対運動が巻き起こっており、一旦は審議が流れたのだが、1月16日に結局可決された。
1月18日現在のトップ記事は「大聯盟打地區戰 十月死守菜園村」。「菜園村」は新界にあって、西九龍まで「高鐵」を通すことになれば、鉄道建設により潰されてしまう。
くま某さんの「九龍 間欠泉」では、立法會の周りのデモの様子、菜園村の様子がなどがよくわかる。
新幹線包囲網
新幹線包囲網(その二)
新幹線包囲網(その三)
新幹線包囲網(その四)
新幹線包囲網(その五)
新幹線包囲網(その六)
新幹線包囲網(番外)
「菜園村」は、なぜか地図には出ていないとのこと。その貴重な位置が一番下の記事に載っています。
(【追記】コメント欄でくま某さんに教えていただいたのですが、『香港街道地方指南2009年』147ページB5に「横台山菜園村」と載っています)
そもそも、この話題について初めて知ったのは、例によってりえさんのブログからでした。
「80後」
「80後」とは、80年代生まれ。既に香港返還が決定、大人になるまえに香港の体制が変わってしまうことが確定し、それが身にしみている世代。「80後」運動の中心人物の一人、港大生の陳巧文さんは1987年生まれの23歳、返還のときには10歳で、香港の社会がえらい勢いで動いているのを子供の頃から見ていて、大人になってからのことを覚悟せざるを得なかったのではないかと思う。
香港Yahooには次のような記事がありました。
りえさんの記事から抜粋。蝶ネクタイ長官の「お手紙」をなぞり、1月9日に公開されたという「80後」から行政長官へのお手紙(抜粋)。
今、わたしたちが欲しいものはショッピングモールではありません。
ショッピングモールはもういらない。わたしたちが欲しいものは、
古い香港だったり、芸術的なものだったり、文化だったり
もっと内面があるものです。そして、わたしたちが欲しいものは、安定した社会環境です。
泣きました。その通りだ!非常同意!!
中環フェリーピア取り壊しのときも、運動を率先し、最後まで残っていたのは「80後」たちだったという。私は、もちろん外国人で、ただの香港好きでしかないけれど、彼らの気持ちには深く同意するし、力になれればと思う。
Youtubeで「高鐵 香港」をキーワードにして検索にすると、たくさんヒットする。→こちら
たぶん、これを作ったのも「80後」の若者に違いないと思う。すごいよ。加油!「80後」!!
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コメント
ご紹介いただき、ありがとうございました。
菜園村の「地図」の問題につきまして、その後お友達が「『街道指南(2009年度版)』のP147 :B5に載っている、と教えてくれました。このところ、地図はネットで用が足りることが多いので、新しい地図帖を買っていないことを反省。
『街道指南』も、おそらく「高鐵」の問題が起きたからこそ載せたのだろうと推測しています。
投稿: くま某 | 2010.01.18 21:48
くま某さん
さっそくありがとうございます。
「菜園村」おかげさまで見られてよかったです。
2009年版…たぶん持っています。見てみなければ。
『街道指南』えらい!
投稿: きたきつね | 2010.01.18 22:15