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2011年11月

「1911」のあとに「新少林寺」を見た

 仕事でいろいろあって、何をどう考えても忙しくなることはあれ暇になることはないだろうという展開。これはチャンスであると信じて進むのみである。

 そんな週末、久々に中華な映画を劇場で見た。スケジュールの都合で「1911」と「新少林寺」をはしごである。ちょっとどうかなと思ったのだが、意外によい流れであった。
 なぜかというと、「新少林寺」は1912年の話で歴史的にまるで続編のような流れであったことと、大陸製のせいか「1911」は「みなさんの知っている歴史を映像にしましたよ」という感じで「お話はどこだ!」と思ってしまったのだが、「新少林寺」はそれを補ってあまりある面白い「お話」だったから。
 いやー堪能した。さすが香港映画監督界きってのイケメン(写真はこちらに)陳木勝だ。というのは半分うそで、しかし、いままでのベニー・チャンの監督経験が十分に生きているうえに、ほんとに少林寺映画を撮りたかったんだなあという感じがにじみ出ていた。

 予告編。

 舞台は、辛亥革命後軍閥が跋扈する中国。劉徳華(というかアンディ・ラウ)は少林寺一帯でぶいぶい言わせている軍人で、少林寺に逃げ込んだ敵方の将軍を「少林寺で銃など無粋」とかいいながら撃ち殺しちゃうような人であった。しかし妻(ファン・ビンビン)と幼い娘を溺愛している。その娘と内心嫌っている義兄弟の息子を婚約させることになったのだが、その席上、刺客に襲われるのですね。黒幕は腹心であったはずのニコラス・ツェ。なんとか生き延びたアンディは娘を助けたい一心で少林寺に転がり込むのだが、相変わらず「娘を助けなければ皆殺しにするぞ!」とか言っちゃってる。しかし、その後、いろいろなこと(予告編にもあるけど落とし穴に落ちたり。助けるのはジャッキー・チェンだ)があり少林僧になるものの、そのまま穏やかにすむはずではないのであった。
 
 華仔はねえ、最初っからスターのオーラを放っていて、いくら僧になっても見つかるだろう、という感じで、途中までは「あれDVDのジャケットでは僧なのに、なんでこんな役で…」と思った。でもその変わらせ方が不自然じゃなくてよかった。少林寺の額にいらんこと書いちゃうのも(そういえば 華仔は能書家だったっけ)効いていた。
 その華仔を助けるジャッキーは、少林寺の厨房係なのだが、たいそういい役である。「1911」の後だと、あれ司令官じゃなかったっけ?と思っちゃうけど。しかし「自分は武術はできない」という台詞には観客全員が「いやいやいや!」と突っ込んだと思う。ちゃんとジャッキーらしい場面もあってよかったね。
 考えてみると、ジャッキーとアンディが共演するのって「七福星」以来じゃないかという気がするのだが、その間のいろいろなことを考えて、心の底からしみじみする。遙けくも来つるものかな。
 そして、ニコ、「無極」を彷彿とさせる役柄なのだが、筋書きとか小道具も違うけど、それにしても成長したねえ…と心から思う。本当によかったねえ。
 予告編や最後に出てくるのは本物の少林寺ではないかと思うのだが、エキストラにも少林僧がいると思う。子供の僧もそうじゃないかな。訓練のシーンを見ると、上にも書いたけどベニー・チャンはほんとに少林寺映画が撮りたかったんだなあと思う。
 出てくるのも、行宇さん(本物だ−!)でしょ、くまきんこと熊欣欣でしょ。くまきんが出てくると、つい画面に向かって手を振ってしまい、自分はこんなにくまきんが好きだったのかと思う。行宇さんとくまきんの一騎打ちには血湧き肉躍った。
 そして、浄能大師兄。功夫が本物だけどどこかで見たっけ誰だっけと思っていたら、エンドタイトルで気がついた。呉京じゃないか!かっこいいわけだよ。なんだか黎明に似てるね。
 ということで功夫のシーンはすばらしく、ストーリー展開も間然とするところがなく、「それはお前らのもんじゃないだろ、天罰がくだってしまえ!」と思った人々も報いを受け、仏様の教えもほどよくしみて、ああ本当に面白かったなあ、と思いつつ帰途についたのであった。
 唯一残念だったのは北京語版だったことで、ああ香港版を買っておいてよかったと帰ってすぐかけたのだが、日本版が出たら買っちゃうと思う。

 仏様の教えがしみた主題歌。作詞はやっぱり華仔であったか。

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多肉植物冬ごもり 2011年11月

 今日はやや体調不良のため家でお仕事。午後ちょっと病院へ。お天気がよくて香港の冬みたいな匂いがした。なにせ、
 
 10日前はこうだったのに、

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 その後暖かくなって雪が解け、

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 今日は多肉植物を外に出せたのである。
 ろくにかまっていないのに、よく育ったなあ。
 しばらく多肉の記事も書いていないので、よく育った子たちをご紹介。

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 クラッスラ属の珠珠姫ちゃん。虫っぽくてかわいい。

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 毎年ちゃんと芽を出すアドロミスクス属のクーペリちゃん。

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 子を吹いたパキフィツム属の桃美人。パキフィツムは葉っぱがぷくぷくでかわいい。

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 これも子を吹いたエケベリア属の錦司晃だったかなあ。毛だらけでかわいい。お日さま好き。

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 コチレドン属の嫁入り娘ちゃん。切って挿したらよく育った。

 ろくに植え替えもせず、かわいそうなことをしちゃった鉢もあるのだが、お日さまに当てて定期的に水やりをすると育ってくれるので、ありがたいことだ。
 北海道は、冬はどうしても屋内に入れざるをえず、お日さま不足になってしまうのがかわいそうではあるのだが、あと3ヶ月か4ヶ月ぐらい我慢するようにと言い含めて、夜は取り込んだ。なんとか無事越冬してほしいものである。
 1ヶ月後は御用納めか(ああ……)。

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インド映画「Humko Deewana Kar Gaye」

 最近、youtubeにインド映画が丸ごと上がっている。それもオフィシャルらしいので驚く。英語字幕があるのも多くて、中には字幕がないのもあるけど、むかしVCDで見ていた頃は字幕なかったし、なんとなくストーリーはわかるからいいことにする。

 その1本。
 アクシャイ・クマールとカトリーナ・カイフ(美しい!)主演の、こてこてのラブストーリーである。

 タイトルソング。

 お話は、インドの自動車会社(世界のトヨタである!)に勤めていてテストドライバーもやっているらしいアクシャイが主役。ヒパーシャ・バスと婚約したのだが、カナダに転勤になりヒパーシャも海外へ。カナダでは相変わらずトヨタに勤めているらしいのだが(ジャッキー映画における三菱自動車のごとくマークが出まくる)、行く先々でカトリーナと出くわし、だんだん仲良くなってしまう。
 カトリーナも実は婚約中で、お家はお金持ちで婚約者であるところのアニル・カプール(「スラムドック・ミリオネア」におけるみのもんた)も大富豪なのだが、だんだん抜き差しならなくなり、そして…というお話。
 ストーリー的には、お互い婚約者がいるなら、そんなにちょいちょい誘い出したり部屋に行ったりするのはいかがなものかと思うし、どうもアクシャイがヒパーシャと婚約した必然性がわからず、そんなに好きなようにも見えないし連絡もとっていないようだし、ヒパーシャはあっさりしているけどアクシャイのことは好きそうだということは押し切られたのか、それにしても、という感じで納得はいかないのだが。
 ヒメーシュの歌(Chandni Chowk to Hong Kongで生で聞いた)がなかなかよくて歌舞音曲シーンはよいし、字幕がなくてもストーリーがわかるし、何と言ってもカトリーナが美しいので眼福である。相手はアニル・カプールでもいいような気はするんだけどさ。顔は怖いけど、案外いい人そうだぞ。

 映画全部。

 埋め込み可とは太っ腹だなあ。

 インド映画の歌舞音曲シーンは、映画会社のチェックが厳しいらしく、よく削除されているのだが(代わりの動画がアップされるのでいたちごっこではある)、最近はT-Series(音楽や映画のプロデュースをしている人たち)がアップしたりもしているのでオフィシャルにアップされるようになってきているみたい。ブルーレイの普及もあってか画質もいい。
 なので、ブログの他の記事でリンク切れになった動画を再アップしたりしているのだが(なぜなら自分が見たいから)、「movie India」で検索すると丸ごと見られるインド映画の数が増えまくりで、何というかいい時代になったなあと思う。

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大スクリーンの喜び:That's Entertainment

 うわあ、恐ろしいほど更新していない。余裕なさすぎ。
 ふと気づけば、本日は祝日であった。仕事をしないで映画を見ることにする。「午前十時の映画祭」で「That's Entertainment」をやっていたんである。

 「That's Entertainment」は、実は映画館で観た。乏しい小遣いをはたいてサントラの「LP」を買い、VHSも買い、レーザーディスクも買い、DVDボックスも買った。もう何度見たかわからない。
 でも、スクリーンで見るのは、やっぱりテレビの画面で見るのとは全く別物である。

 予告編。


 
 MGM設立50周年記念映画で、MGMミュージカル映画の歴史が歌と踊りと共に、往年のスターを進行役に綴られる。
 もう、映画館で観るのは格別なんだけれども、公開して35年が経つわけで、ああ、みんな死んじゃったなあ…とか、もう、いろいろとしみじみする。最初と最後に序曲と終曲があって、序曲のあと、説明が出てくるのだが、何千人もの名もない才能ある人々が作り上げてきたことと、「This film is dedicated to them」というところで泣く。
 最初の方は、MGMミュージカルの歴史とか、MGMのスターはみんなミュージカルに出されましたという話で、だんだんミュージカルスターの話になっていくのだが、最初に方に出てくる、エリノア・パウエルとフレッド・アステアの「ビギン・ザ・ビギン」が好きで好きで。
 これこれ。

 関連動画いっぱいあるのね。

 おそらく、一番出てくるのはジュディ・ガーランドなのだが、娘であるところのライザ・ミネリが紹介するメインパートは、ジュディを惜しむ気持ちがよく現れているなあと見るたびに思う。
 しかし、最も好きなのはフレッド・アステアが出てくるところで、よくジーン・ケリーと比べられていて、お互いがお互いを「もっとも好きなパートナー」として挙げている。

 共演した映画は1本だけなんだけど。

 どちらが好きと言われれば、掛け値なしにフレッド・アステアだ。ジーン・ケリーも上手いし、監督もやったりして才能はあるんだろうけど、自分大好きで臆面もないところがどうにも苦手。振り付けもパターン決まってるし。「雨に唄えば」は好きだけど。
 …といいつつ、やっぱり全面的に楽しんでしまった。

 しかし、甲羅を経ると思うところもあるので。
 ソング・ピクチャライゼーションについては

  インド映画の方が圧倒的に上。
 
 MGMの方は、本人が歌うということに力点が置かれていて(吹き替えもある)、対するインド映画は、歌は原則吹き替えでスターは踊れるのが前提というのが違っていると思うけど。ミュージカルについてはインド映画の方が歴史が浅いのになあ。インドすごい。

 あと、どうも今回の上映はフィルムの順番が違っていたような気がするんだよな。ジェームズ・スチュワートとピーター・ローフォードのパートが逆だったような気がする。今回だけだといいんだが。

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築地ラブ(その2)2011年11月

 またもや東京出張から帰還。
 帰りに乗ったタクシーの運転手さんに「えらく疲れた顔してますねー」と言われた。まあねー、睡眠時間4時間続きで、先週は徹夜して翌日は朝8時に寝て午後2時に起きるような、それこそタクシーの運転手さん見たいなことしてたし。昨夜は夜8時過ぎに寝たんですけどね。
 まあ、疲れていることは確かなので、今日だけは休ませていただきたいと思う次第。今週越せば少しは楽になるはずなんだが。
 
 しかし、今朝はまたも築地に行ったのだった。

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 米本珈琲で早餐。
 東京はあったかでした。

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 この角の感じが香港の街市のよう。

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 こんなのが並んでいる店があって、血湧き肉躍る。その他にも、業務用の缶詰とか瓶詰めとかいろいろ。液体柚子胡椒とか迷ったけど、大きいので諦める。旅先なのでね。

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 ここでドライフルーツとか干し椎茸とか干し白滝を購入。干し白滝は「だまされたと思って買ってごらん」というおっちゃん絶対のお勧め。
 ちなみに、お店のおっちゃんは直前まで香港か台湾の人の対応をしていたので、こちらにも「これ、岩手プリフェクチャーね」と英語になってました。北海道の人は鰺のひらきをよく買っていくとのこと。たしかに鰺はいないからなあ。ひらきといえばホッケだし。

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 ふぐのひれが干されているところ。
 海の香りがするところも、香港っぽい。
 ということで、香港欲が少し満たされたので、今日はとっとと早く寝る所存である。

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「カーネーション」は小林薫を見るためにあったのだが

 仕事人の話が好きである。
 いや、「必殺仕事人」じゃなくて(それも好きだけども)、その人が、どのようにして仕事をするに至ったのか、どのように仕事をしているのか、という話が好きなんである。本や映画やインタビューも、かなりの率で仕事人の話として見ているような気がする。トー先生のドキュメンタリーなんかは完全に仕事人の話だよね。「黒社会」もある意味仕事人の映画だ。
 ただいま、NHKで放映中の朝の連続ドラマ「カーネーション」(公式サイトはこちら)も、仕事人の話だと思う。
 忙しくても、これだけは欠かさず見ているのだが、最初は、お父ちゃんであるところの小原善作を演じる小林薫を見るために見ていたようなものであった。

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 着物に帽子を被った人ですな。
 時代は昭和の初め。このおとうちゃんは、呉服屋の番頭時代に、神戸の紡績会社の社長のお嬢さんの婚礼衣装を納品に行った先で当のお嬢さんをかっさらって結婚してしまった人で、主人公はその長女(妹3人)。
 で、このおとうちゃん、根は子煩悩ではあるのだが、娘に手をあげるわ足蹴にするわ、外面はいいけど小心者だわ(神戸から妻の兄が様子を見に来ると速攻で逃げる)、心斎橋とミシンと神戸は大嫌いだわ、など、いろいろ欠点はあるのだが、洋服作りを熱望する娘のために、嫌いな心斎橋に出向いて洋裁の先生に土下座する、今朝なんか店の反物全部うっぱらってミシン(当時はえらい高価)を買ってくるなど、やることがいちいちおもろい(「おもろい」ことが物差しだったりもする)。
 でもって、演じる小林薫がうまいうまい。神戸の妻の実家に借金の申し込みに行き、妻の父(宝田明!ちなみに、このおとうちゃんのおかあちゃんはかしまし娘の庄司照枝師匠である)けちょんけちょんにされて帰ってくるときの魂の抜けたような顔とか、いちいちやることが最高である。
 しかし、最近は、主人公であるところの小原糸子ちゃんの働きぶりから目が離せない。岸和田育ちで、だんじりに乗りたくて乗りたくてたまらなかったのだが女だからという理由でかなわず、おとうちゃんには女の癖にと言われていたのだが、ある日パッチ屋の店先でミシンをみつけて「うちのだんじり」であると思い定めて洋裁を志すわけです。女学校をやめてパッチ屋に勤めたものの、(おとうちゃんには「勉強と思え」と言われていたのに)厳しさに凹み、しかしそれも1日だけで頑張って働き、しかし昭和恐慌で2年(番組では1週間)でくびになり、それでもめげない。
 デパートに制服の売り込みに行き、断られてもめげずに、デザイン画を描き、それも断られて2晩でデザインを直して現物を作り着ていって(このあたりは小林薫おとうちゃんのアドバイスである。最高や)、ついに採用されるくだりは涙が出ました。ちょうど仕事がしんどくてさ、でも頑張ろうと思ったよ。2晩でデザインしてサンプル作って、1週間で20着作るってプロジェクトランウェイ(これも好き)より大変なんじゃないか。
 仕事人ものとして見てしまうのであった。
 モデルはコシノ三姉妹のお母さんなのだが、原作とおぼしき『コシノ洋装店ものがたり 』を見るに、これドラマにできるのかよ、というくだりが何点かあるので、今後を刮目して待ちたいと思う。お父ちゃんのキャラは原作とはかなり違っているので(ドラマの方が圧倒的に面白い)、違うところもあると思うんだよね。

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