台北行きのエバー航空の機内映画は、「武侠」に「賽德克巴萊(上)太陽旗」「賽德克巴萊(下)彩虹橋」と、まるで大阪のアジアン映画祭のような品揃えのうえに、「竊聽風雲2」やらリティク・ローシャンの新作もあり、台北までは行きが4時間半で帰りは4時間ないのにどうしろと、という状態。
台湾に行くならコレだろ、と「賽德克巴萊」にしました。しかし、行きだけでは時間が足りず、帰りに続きを見、さらに(上)の途中まで見直してしまったので、他の映画は見られず。まあ「武侠」と「竊聽風雲2」はうちにソフトがあるからいいや。
恥ずかしながら、台湾に原住民がいるということは知ってはいたものの、その詳細については何も知らなかったし、霧社事件のことも知らなかった。「賽德克巴萊」という映画のことも、タイトルだけはよく耳にしていたけど、詳しいことは何も知らず。この間香港に行ったときに確か公開中だったのだが、見てはいないのだった。
今にして思えば、スクリーンで見ておくべきだったと思う。大阪には所用で行けないのである。これは劇場公開は難しいかもなあ。長いしなあ。でも国際短縮版じゃなく、ちゃんと上下で上映したほうがいいと思うぞ。
「賽德克巴萊(セデック・バレ)」は、台湾の原住民であるセデック族の言葉で「真の人」の意味だという。機内映画は中国語字幕だったので、頻繁に出てくる「賽德克」がどうしてもわからず、帰りに桃園空港の原住民の店(というのがある。この映画のサントラと原住民の音楽のCDを買った)でお姉さんに聞いて、初めて、台湾の原住民(公認)が14あり「賽德克」が部族の名前だと言うことを知ったのだった。
で、「賽德克巴萊」は、1930年に起こった「台湾原住民による日本時代後期最大規模の抗日暴動」(とWIkipediaに書いてあった)霧社事件を映画にしたものである。セデック族視点で、使用言語はセデック語が多く中国語字幕が頼り。しかし、台湾の歴史を描いた映画が往々にしてそうであるように、日本語や普通話も使われて、複言語であることが台湾の状況をことさらに浮き彫りにしているのだった。
予告編5分版。
大阪でこれからご覧になる方も多いと思うので、ネタバレを控えつつ書きたいとは思うのであるが。
日本が清から割譲させしめた台湾を植民地とし、昔から山を駆け巡って勇猛に暮らすセデック族(幾つかのグループに分かれて対立したりしている)を、山の資源を開発するために「文明化」し同化させようとし、その結果、霧社事件が起こるわけです。
どんな場合も片側が完全に善で片側が悪ということはないわけで、セデック族を「蛮族」扱いして蔑む日本人がいる一方で、セデック語を覚えて溶け込もうとする日本人もいれば、公正に振る舞おうとする日本人の偉いさんもいるし、セデック族を娶って言葉もできるけど見下げている日本人もいる。一方、セデック族の方も、日本の名前を持ち同僚の誰よりも高学歴で日本の警察官として働く者もいれば、日本人を娶っている者もいるし、日本人に反発心を燃やす者もいる。セデック族には「出草」という首狩りの風習があって、敵の首を狩ってこそ一人前の男として認められ、家の前の棚に頭蓋骨がずらっと並んでいたりする。首狩りのシーンはかなりリアルなので残酷と言う人もいるかもしれないが、それ自体は習俗であって悪というわけではない。
でも、自分の劣等感を支配欲に転化させることはなはだしい彼がいなければ、状況は違っていたのかもしれないし、いずれにしても、つまらない自尊心ほど事態を悪化させるものはないということは間違いないと思う。人を自分の思うように振る舞わせることを指して「教育」と呼ぶことは心の底からやめてほしい。セデック族を「野蛮人」呼ばわりしていた日本軍のえらいさんの最後の台詞は含蓄があったけども。
自分のプライドを満足させるために台湾に渡ったような人もいっぱいいたんだろうな。そんな人は今もどこにでもいるんだろうけれども。要は、自分がどの立場を選ぶかということなんだろうと思う。
と、他人事でないような気持ちで見てしまったのは、支配者側が日本人であったこともあるし、おそらく北海道でもアイヌに対して同じようなことが行われたのだろうと思うからである。「教育」「文明化」の名前のもとに同化政策がとられ、名前や言葉が日本化され、お互いの民族の間で結婚する者もあり、日本人の側で働く者も反発する者もおり、衝突や反乱が起こった。そのときには、同じ民族が敵味方に分かれることもあったろう(霧社事件のときには異なるグループ同士の対立を利用されて日本側に使われたセデック族もいた)。
一応「シャクシャインの乱」などは学校で習うんだけれども、あまり身近に感じたことはなかった。そして、今も多くのアイヌが日本人と混じって暮らしており、自分は移民してきた側の人間であり、おそらく、同じようなことが今の台湾でも続いていると思う。
また、セデックとアイヌは、なんとなく風俗が似ているのね。ムックリみたいな楽器があったり、入れ墨の習慣があったり、服の文様がかっこよかったり(セデックはストライプ柄がポイント)。桃園空港の「原住民の店」にも、原住民様式の布で作ったバッグとかがあって、かっこいいんだ、これが。おそらく、南の方から陸伝いに渡って行った同じ系統の人々なのではないかという気がする。踊りはマオリ族にも似ている。
桃園空港にある「原住民の店」では、CDを買ってきたのであるが、なかなかよいです。後半の主役である壮年の莫那魯道を演じた林慶治さん(本職は牧師らしいがいい面構えだ。歌もうまい)と父親役の曾秋勝さんが歌う歌が入っていないのだが、オフステージ版の動画発見(こちら。関連動画もいろいろ)。文化も言語も民族ごとにずいぶん違うらしい。
映画としては、戦闘シーンとか爆発シーンに力が入っている…と思ったら、プロデューサーの一人がジョン・ウーで納得がいった。ずいぶんいろいろな人々がからんでいて、エンドロールにジェイ・チョウの名前が出てきて、もしかしてセデック族の一人だったのかと思っていたら、資金協力をしたんですってね。制作資金が足りなくなって、ジェリー・イェンやビビアン・スー(出演もしている。実はタイヤル族)など多くの人が協力している。もんのすごく力が入っていて、ものごとを片方に肩入れしすぎることなく人間社会の業みたいなものを描いていて、台湾の歴史の知られざる(少なくとも自分には)面を描いていて、そりゃあ、台湾金馬奨で最優秀作品賞をとるでしょうとも。
大阪の映画祭には行けないので、できれば劇場公開してほしいし、それが無理なら、せめて日本語字幕版でブルーレイを出してほしい。中国語字幕だといろいろわからないのでわかりたい点があるのよ。
【2013年8月追記】
ついに札幌で台湾公開版が一般公開されました。詳細はこちらに。
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