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アミターブ・バッチャンとシュリデヴィ主演『Khuda Gawah』(1993)

 『English Vinglish(マダム・イン・ニューヨーク)』主演のシュリデヴィと、この場面のスペシャルゲストであるアミターブ・バッチャン様の主演映画。

 舞台はアフガニスタン。対立する2つの部族が、「羊の死体を馬に乗って奪い合う」というゲームを戦争の代わりに威信をかけて行っている。その最中、片方の部族のリーダーであるバードシャー・カーン(アミターブ)が、相手の部族のベナジール(シュリデヴィ)に一目惚れ。シュリデヴィは最初顔も髪もベールで隠しているのだが、馬で争ううちにベールが飛んでしまい顔が見えるや、アミターブ様はくわえていた鞭を口からぽろりと落とすのであります。さっそくアミターブ様ことバードシャーは結婚を申し込むのだが、シュリデヴィことベナジールは「父の仇を殺したら結婚する」と答える。
 一目惚れ中のアミターブとシュリデヴィの踊り。

 バードシャーはインドに行き1年以上かけて仇を討ち、めでたくベナジールと結婚するのだが、そのことが理由でインドで刑務所に入るはめに。ベナジールは娘を産み、ずっとバードシャーを待ち続けるのだがバードシャーは帰ってこない。刑務所では、よくしてくれた刑務官が死ぬとか、面会に来てくれたご婦人の殺人の罪をバードシャーがかぶるとか、それはそれはいろいろなことがあるうち年月は経ち、いつしか自動車や飛行機が登場し、成長した娘(シュリデヴィ2役)がインドに面会にやってくるのだがしかし…。というお話。
 193分の大長編。
 むかしの映画は今よりゆったりした作りで、歌も踊りもしっかり入る。
 前半はアミターブ中心でお話が回るのだが、後半は娘のシュリデヴィ(母のベナジールとしても出る)中心に話が回り、最後にひとつにまとまる。後半、シュリデヴィは、アクションはあるわ(さすがバードシャーとベナジールの娘だ)、バードシャーと関わりのあった刑務官の息子である刑事のラジャと恋に落ちるわ、大活躍。
 こちらは娘バージョンのシュリデヴィの踊り。

 最後は泣ける。
 「マサラ映画」は、最近は「マサラ上映」の影響で「歌や踊りの入る映画」というイメージがついている気がするのだが、本来は「ラブロマンス」「笑い」「怒り」「涙」「アクション」「驚き」「憎悪」「恐怖」「平安」という「9つの感情」がきっちり入る意味で、この映画は本来の意味の「マサラ映画」なので、それはもう、いろいろなことがてんこもりでお腹がいっぱいになる。
 最近の特にヒンディー映画は、洗練されてきて、歌は入っても踊りが入らなかったり、シリアスなものがあったりして、いわゆる「マサラ映画」でないものも増えているけれども、90年代の映画は、ある意味定型的で、いわゆる「インド映画」でイメージされがちな、こてこてのてんこ盛りで、これはこれで面白い。
 タミル映画やテルグ映画は、こういうてんこ盛りが主流なので「インド映画らしい」と思われるのかもしれないなあ。
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