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2014年8月

『リアリティのダンス』

 ごぶさたしてしまいました。
 先週末は遊びに行ってしまったのだが、その後いろいろ。大変である。
 というわけで、最終日に観に行った。公式サイトはこちら
 実は、ホドロフスキー監督についてはまったく知らなかった。『エル・トポ』『サンタ・サングレ』の名前を聞いたことはあったけど。
 観に行ったのは予告編を見たから。

 超現実的な自伝映画。すべて何かの夢のよう。
 後で知ったのだが、あのウクライナのお店は、本当に生家があったところに建て直したとのこと。床屋さんも実在で、あの店主は日本人だったのか。南米には行ったことがないのだが、チリのトコピージャはあんなところなんだなあ。現実と超現実が入り交じって再構築されたにしても。
 主人公の少年は監督自身。ときどき、現在の監督も出てくる。未来の自分も過去の自分も自分の中にあって、探し物も自分の中にある。死の影は常につきまとっているけれども、たぶんこの世は、生きている間にそれぞれの心の中で構築された束の間の夢のようなものなのだと思う。一方で、世界は自分の思いとは離れたところでいろいろな関わりがあって回っていくので(「縁起」だわね)、どんなことがあっても、生き続けることそのものに意味があるのだ。
 なんだかとても禅のようだと思ったら(般若心経も出てきたし)、監督はメキシコで日本人の禅僧に師事していたとのこと。やっぱり。
 おそらく、この監督は、タブーとか「いけないこと」というのがないのだろうと思った。両手がない人とか、へー男の人ってそういうふうにするんですかとか、虚心坦懐にじっくり見てしまう。別にぼかしはいらないんじゃないかなあ。ところどころなかったし別にそれで何ともないし。邪心がないんだもの。
 予告を見て少年の成長物語かと思ったら、さにあらず、お父さんの再生の物語であった。お母さんのただものでなさが半端じゃない。監督のご両親がモデルらしいのだが。実際に演じているのが監督の長男で、ついでに書くと、行者とアナキスト(音楽も担当)も息子さんで、奥さんが美術をやっていて家族総出である。監督のお家にはきっと動物もたくさんいるような気がする。
 帰って来てから、ずっと思い出している。
 うまく言葉にならないのだが、これを見ると、映画、特にインド映画を見たくなる。なぜかと思うに、いわゆる自分の「常識」と離れたところで、根底に流れる(たぶん「神」とか「世界」に関わる)ある種の思想の上で、とにもかくにも人々が生きていくということが描かれているのが共通しているからだと思う。
 『ホドロフスキーのDUNE』を観に行く余裕がなくて、かえすがえすも残念であった。せめて予告を貼っておこう。

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インド映画100周年記念『Bombay Talkies』(2013)

 『The Lunchbox(めぐり逢わせのお弁当)』札幌公開を寿ぎ、イルファン・カーン祭りとナワーズッディン・シディッキー祭りを開催している。
 これはナワーズ祭りの一貫。
 インド映画100周年を記念して、カラン・ジョーハル、Dibakar・Benerjee、ゾヤ・アクタル(ファルハンのお姉さん)、アヌラグ・カシュヤップの4人の監督が30分ずつ撮ったオムニバス映画である。どれもムンバイの普通の人々が映画と関わる話。「どのお話も映画のマジックのこと」と主題歌で歌っている。歌・撮影・踊り・スターがテーマ。

 予告編。

 ナワーズは2本目のDibakar・Benerjee作品に出ている。
 なぜかアパートでエミューを飼っていて病気の娘に映画のお話をしてあげているという役なのだが、職を得ようとして駄目だったある日、ランヴィール・カプール(顔は見えないけどクレジットされているので本人か)の映画のロケを見に行ったところ、その場でスカウトされ通行人の役に(ほんとにあるのか、そんなこと)。その場で短いセリフを与えられ練習しているときに不思議な体験をする。あまり強面ではなくて、その日の経験を娘に話して聞かせているところがアパートの外からセリフなしで撮られているのがとてもいい。
 1本目はカラン・ジョーハルで、新聞社の敏腕デスク(たぶん)ラニ・ムケルジーが部下の青年と親しくなり、テレビのキャスターをしている夫に引き合わせるのだが…という話。ラストのラニが別人のよう。夫が古いフィルミー・ソングのコレクションをしていて、一方の青年はフィルミー・ソングを道ばたで歌う少女を気に掛けていて、映画の歌がポイントになっている。「シュリデヴィとマドゥリーどちらがいいかと聞かれたら、ゲイはシュリデヴィと答える」というのは本当か。カラン・ジョーハルはゲイだという説もあるのだが。
 3本目はゾヤ・アクタル。父親からサッカーを強制的に習わされているけれども、実は、女の子の服を着てカトリーナ・カイフのように踊りたい少年の話。息子に男らしくなることを望み娘をないがしろにしているマッチョ志向の父親役がランヴィール・ショーレイ(『タイガー伝説のスパイ』の髭の相棒)で、カトリーナ・カイフが本人役で出演。カトリーナの「Sheila Ki Jawani」がフィーチャーされている。
 4本目はアヌラグ・カシュヤップ。死にかけている父から「このムラッバ(砂糖漬けのお菓子か果物だと思う)をアミターブ・バッチャンに一口かじってきてもらってくれ(祖父が死にかけたとき、大スターになめてもらった蜂蜜を持ち帰ってもらったら6年生きのびたから)」と頼まれ、田舎からムンバイに出ていってアミターブ・バッチャンの家まで行く青年の話。大アミターブ本人も出演。あれ、本当のアミターブ邸なんだろうか。あんなふうにガードマンがいて、門前市をなしているのだろうか。まあ十分ありそうだけど。なんというか、さすがアヌラグ・カシュヤップというか、ストーリーがひねってあって、ある意味みもふたもない。

 最後は超豪華メンバーによる歌舞音曲シーン。
 実はこの前に古い映画のハイライトシーンがある。

 アーミル、マードゥリー、カリシュマ・カプール(カリーナのお姉さん)、アクシャイ、ジュヒ・チャウラー、サイフ・アリ・カーン、ラニ・ムケルジー、シュリデヴィ、プリヤンカ、ファルハン・アクタル、イムラン・カーン、ヴィディヤ、カリーナ・カプール、ランヴィール・シン、アニル・カプール、シャーヒド・カプール、ソナム・カプール、ディーピカちゃん、ランヴィール・カプール、大トリはシャールク(特別扱いっぽい)と、いやあ豪華だ。イムラン・カーンはアーミルの甥っ子だけど、それより何より、カリシュマとカリーナが姉妹でランヴィールがその従兄弟、アニル・カプールも親戚でソナムちゃんがその娘、シュリデヴィはアニルの義姉、サイフはカリーナと結婚しているので、カプール一族恐るべし。シャーヒドも親戚だっけか。

 日本だと映画100周年作品はぜったいこんなふうに作らないよなあ。
 インド映画って、というかインドでの映画と人の関わりはいいなと思う。

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『The Lunchbox(めぐり逢わせのお弁当)』を札幌で観た

 「めぐり逢わせのお弁当 ネタバレ」で検索がくるのだが、このブログでは原則としてネタバレはしませんので、あらかじめお断りしておきます。

 『The Lunchbox(めぐり逢わせのお弁当)』は本日から札幌公開。
 初日初回に走って観に行きました。満席で立ち見が出てた。客層は、どちらかというと年配の方が多かったけど学生さんもあり老若男女いろいろだった印象。
 20分ぐらい前に行って、前から3番目ぐらいの真ん中あたりで観られたのでよかったのだが、もう、うちのイルファン・カーンのインド映画の主演作がついに…と思うと感無量。冒頭から目頭が熱くなってしまう。
 「うちのイルファン」については、さんざん書いてきたけど、イルファン・カーンは、かれこれ5年以上、インド映画における最も好きな俳優なんである。パンフレットにも書いてあるけど、結構検索が来るので、元記事からコピペ改変。

 イルファン・カーンはインドの名優です。英米圏の映画に最も出ているインド俳優と言っていいと思います。最も有名なのは、「ライフ・オブ・パイ」の大人になったパイと「スラムドッグ・ミリオネア」の強面刑事(しかしエンドタイトルではいい人そうに描いてある)。「その名にちなんで」の主人公の父親役もとってもいい役です(ちなみに妻役は『Life of Pie』で主人公の母役だったタッブー。2013年3月16日公開「Om Shanti Om」の「Dewangee Dewangee」の赤いサリーの美女です)。「マイティ・ハート」の頼りがいありまくりのパキスタンの軍人役ははまり役(刑事や軍人の役がとっても多い)。「ダージリン急行」の子供をなくしたお父ちゃん役は台詞がひとつもないけどいい役だった。「New York, I love you(ニューヨーク、アイラブユー)」ではナタリー・ポートマンに惚れられる(当然)役。「アメージング・スパイダーマン」の悪役もやってます(詳しくはこちらに)。
 インド映画にもたーくさん出ていますが、個人的に一番好きなのは「Life in a Metro」。本家の「フォーン・ブース」よりずっといい「Knock Out」もイルファンの演技力があってこそ(共演のサンジャイ・ダット兄貴もいいけどね)。「ユージュアル・サスペクツ」翻案の「Chocolate」もいいです。2012年の主演作『Paan Singh Tomar』では、インドで主演男優賞もいくつか獲得。
 イルファンのオフィシャルサイトはこちら

 いまだかつて、これほどイルファンの出演比率が高い映画が日本のスクリーンで公開されたことがあろうか(いやない:反語)と思うと、ムンバイの日常がつぶさにスクリーンに現れると、もう胸がいっぱいでありました。
 映画については、DVDで観たとき、香港で観たとき、日本公開が決定したとき、「あさイチ」で紹介されたとき、と散々書いてきたのだが、やはり、スクリーンで、日本語字幕で、地元札幌で、満員の劇場で観ると、感慨もひとしお。
 
 見れば見るほど、これは「孤独」と「人々の関わり」についての映画だと思う。「あさイチ」の記事にも書いたように、日本での広報では「恋愛」がクローズアップされすぎている感があるのだが、ヒロインであるイラとイルファン演じるサージャンだけではなく、ナワーズーッディン・シディッキー演じる天涯孤独なシェイク(字幕は「シャイク」だけど「シェイク」に聞こえる)も、上の階のおばさんも、イラのお母さんもみんな孤独だ。
 主婦として一日家にいて料理洗濯子供の世話に明け暮れているのに夫にないがしろにされているイラ、15年間昏睡状態の夫を世話し続ける上の階のおばさん、肺がんの夫を看取り結婚して数年で夫が嫌になったと告白するイラのお母さん、天涯孤独でいろいろな職を渡り歩いて保険会社の職をやっと得たシェイク、妻を亡くし、人とあまり関わることなく35年間ひとつのミスもおかさず勤め続けた保険会社をまもなく退職するサージャン。お弁当が取り違えられたことがきっかけでイラはサージャンと関わるようになり、サージャンは、おばさんの入れ知恵で唐辛子がどっさり入った料理がきっかけでイラに自分のことを語るようになり、バナナで口直しをしたことでバナナが昼食のシェイクとお弁当を分けあうようになり、たぶんイラと関わるようになったことで外の人間に関心が向くようになる。母娘がビルから飛び降りたことで、サージャンはイラを心配し、イラは我が身を振り返り、おばさんや母の人生を考えサージャンに手紙で語ることで考え方が変わっていく。
 「思い出は人に話さないと忘れてしまう」ということは、思っていることは一人で抱え込むのではなく他の人と分かち合うことが必要ということで、おばさんもお母さんもイラと話すことで救われているところがきっとある。「間違った電車にのっても正しい行き先に着く」ということも、きっとあって。
 イラもサージャンもシェイクも幸せであってほしいと思う。

 イルファンもナワーズも、この映画では全然強面ではないのだが、よく見ると強面(そこがいいんですけど)。前にも紹介しているのだが、この2人、2003年に『Bypass』という短編映画で共演している(こちらで見られる)。セリフ一切なしで「インドの田舎は怖い…」というハードな作品で、いやあ、2人とも上手いわあ。
 はじめは仏頂面だったのが、となりの席のおっさん(ひそかにツボ)にいぶかしがられるほど、いそいそとお弁当を待つようになり、手紙を読みながら天井のファンを見上げ、じたばたしながら禁煙しようとするイルファンがかわいくて悶絶しそうだった。あと、隣家の女の子(ほんとに家族で出演しているらしい)が手を振ってくれるところで毎回泣いてしまう。
 イルファンが年を気にするくだりがあるのだが(まあイラは30そこそこだろうから20歳ぐらい違うわけだけど)、見るたびに毎回「いいじゃん、イルファンなら!」と心の中で叫ばずにはいられません。ちなみに、イルファンは1964年生まれ(ウィキペディアの1967年というのは間違いだと思う)。

 この映画は新聞や雑誌にたくさん評が載って、いくつかに「歌も踊りもなくてインド映画らしくない」というような記述があったのだが、歌は入っている。インド映画の一般的なイメージは「踊りが入る」ことだと思うのだが、実は、踊りがないインド映画はけっこうあって、一方、どんな映画であっても歌は必ず入るので、「歌」こそがインド映画に欠かせないものだと思う。

 挿入歌のひとつはこれ。電車の中で子供が歌っているやつ。
 アーミル主演の『Raja Hindustani』から。

 イラがサージャンの名前を知って上の階のおばさんにリクエストするのはこれ。マードゥリーとサンジャイ兄貴とサルマン主演の『Saajan』から。

 この映画を見ると、インド料理を食べたくなること請け合いなのだが、パンフレットに「ダル」「インゲンのサブジ」その他のレシピも載っていたので、今夜はカレー三昧の予定。
 シェイクよ、電車の中で野菜を刻むにあたりビニールも敷かずに書類の上で切っていた(「今度からビニールを敷きます」じゃないだろう)のもなんだが、鞄をしめるときに野菜を袋に入れたりしていなかったのではないか?そりゃー上司も怒るだろう。
 ちなみに、書類が野菜の匂い、いぶかしげな隣のおっさん、上の階からやってくる山盛り唐辛子など、そこここで笑いが起きていました。老若男女のお客様に楽しんでいただけたようでよかったよかった。

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インド映画もノーカットで上映されるべきである

 少し前にツイッターで話題になっていたのだが、書こうと思いつつ、なかなかうまく言葉にならなかった。今さらではあるものの、忘れないうちに書いておこうと思う。

 東宝と日活が一緒に「GOLDEN ASIA」というレーベルを立ち上げるのだそうだ。キャッチフレーズは「アジア映画最強レーベル」。公式サイトはこちら
 公開されるのは、
 周星馳の『西遊記降魔篇(西遊記はじまりのはじまり)』
 『Dhoom3(チェイス!)』
 『Bhaag Milka Bhaag』

 映画自体のチョイスはとてもよい。『Bhaag Milka Bhaag』が公開されるのもとても嬉しい。こちらに書いたけど、とてもいい映画だから。
 インド映画を積極的に紹介してくださるのもとてもありがたい。

 問題は、『Dhoom3(チェイス!)』が上映時間146分(オリジナル尺:162分)、『Bhaag Milka Bhaag』が153分(オリジナル尺:186分)と堂々と書かれていることである。インド映画は20分〜30分カットされているということになる。
 『Urumi(秘剣ウルミ バスコ・ダ・ガマに挑んだ男)』は公開時に50分カットされ、そのままNHKで放映された。まだ、完全版は見ていないけど、たしかにあれは薄味だった。

 おそらく、カットされたのは、「インド映画は長い」という考えがあって、1日の上映回数の制限とか通常の映画は2時間前後だからとか、そのような理由なのだろうと思う。
 しかしですね。それは駄目でしょう。
 理由は主に2つ。
 ひとつめは、映画は編集も含めて作品なのであるから、公開する側の一存でカットすべきではないということ。映画賞に「編集賞」があるのはそういうことでしょう。
 今を去ること16年前、『ムトゥ』はノーカットで公開された。昨年今年とインド映画が続々公開されていることの背景には間違いなく『ムトゥ』があると思う。しょうもないところも冗長なところもあったけど、それも含めた、それまでないぶっとび具合が、当時『ムトゥ』でインド映画を知って好きになった人々を惹きつけたのだと思うのだ。
 たしかに、今、家で見るときには、もう内容もわかっているので飛ばし見はする。でも、それは、あくまで全部を知った上のことの話で、初見では全部見たい。それが作品に対するリスペクトというものであろう。
 ふたつめは、「カット」がインド映画に限定して行われているように見えること。たとえば、今度公開される「トランスフォーマー」は165分だと聞いたけど、カットされたという話は聞いていない。『ロード・オブ・ザ・リング旅の仲間』は178分、『王の帰還』は201分、それでもカットはされていないはず。
 170分の『3 idiots(きっと、うまくいく)』もヒットした。
 インド映画はカットして堂々と「オリジナル尺」を示す(それも良心的といえばいえるのかもしれないけれども)というのは、「インド映画はカットしてもいい」という前提が会社側にあることを示してはいないのだろうか。あるいは「ヒットしなさそうなものはカットしていい」「インド映画は無駄に長い」「インド映画はヒットするかどうかわからない」とか(他の理由が思いつけない)。それはインド映画に対して失礼だし、そう考えることは、映画に携わる仕事をしているプロとして、恥ずかしいことではないのですか?
 百歩譲って、時間が長いことが興行成績に影響があるから、という理由があるとしたら、会社の判断で不完全な商品を提供しているわけだから、どこかでデータを示して説明すべきだし、どこが制作したかでカットする・しないという差別をするのは筋が通らないのではないだろうか。

 会社の意思決定のプロセスを推測するに、おそらく、「インド映画をカットする」という決定がされたのは、会社全員が一丸となって「そうしましょう!」と初めから思っていたのではなく、どちらかの会社の上の方の声の大きな人がそう言ったのが通ったか、プロジェクトチームの会議で誰かが言い出したことが通った結果だとのではないか。
 こちらに書いたのだが、映画の広報には、思い込みと偏りがあると思う。
 面白さをまっとうに評価するのが王道であり近道ではないのだろうか。

 だから。
 今からでも遅くはない。
 是非「完全版」も公開してほしい。
 そして、完全版を公開するようにしていっていただきたい。

 なぜなら、インド映画はとてもとても面白いから。
 公開されていない面白い作品がまだまだたくさんあって、日本の映画好きにとっても映画会社にとっても宝の山だから。角を矯めて牛を殺すようなことにはなってほしくないから。ちゃんとした作品として日本に定着してほしいから。

 全然関係はないけど、今、見つけたので貼る。昨日リリースされたばかり。
 ファラ・カーン監督、シャールクとディーピカちゃんの新作『Happy New Year』の予告編。ボーマン・イラーニとソヌ・スードも出ている。

 是非とも日本のスクリーンで見たい!もちろんノーカットで。

【2014年9月24日追記】
 この件について、こちらの記事のコメント欄で教えていただきました。cinetamaさん、ありがとうございました。
 インド映画配給最大手の日活さんが、「インド映画をハリウッド映画なみの興行ルート、つまり『東宝系で全国上映』に乗せるべく、今回ねばり強い交渉を重ねてくださった」のだそうです。そのため、上映時間を譲歩しなければならなかったとのこと。すなわち、単館系ではなく洋画ロードショー系の公開規模ということですね。「今回の2作品がヒットすれば劇場側の印象も変わってきて、何らかのステップアップもできるはず」というお話もあったそうです。
 ありがたいことだったのだなあ。
 日活さん、本当にありがとうございます。
 これから、ノーカットでの公開を増やしていくためには、どんどん見に行きましょう!そして、インド映画はノーカットで公開することが当たり前ということになっていきますように。だって、インド映画は面白いんだもの。

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『愛と憎しみのデカン高原(Preminchukundam Raa !)』(1997)

 今年もインド映画公開は続き、首都圏ではテルグ語映画が2本公開されている。北海道地区での公開は未定(『Dabangg(ダバング)』も未定!)なので、羨ましいなあ、と思っていたところで、コレが録画してあるはずだと思い出して探したら、やっぱりあった。

   20140812preminchukundam_raa

 『愛と憎しみのデカン高原』。日本で公開されたことがあり(先日もされたらしい)、公開時のポスターはグレゴリ青山さんだった。
 なぜこれがあるかというと、むかしむかし、NHKBSプレミアムがBS2だったころに放映したことがあるのをDVD録画したのである。アナログ放送の頃で、ブルーレイ対応のプレイヤーでかけた上下左右に帯が入り、画面の面積が全体の半分以下になってしまったのだが、画面も少々粗いが、何はともあれ、

 日本語字幕!

 ありがたいことである。しかも、158分ということは、おそらくノーカット。やればできるじゃないの、NHK。
 少し時間ができたのでやっと見たのだった。

 冒頭、荒れ地の遺跡で結婚式を挙げるカップル。だがしかし、汽車に乗ってほどなくして殺されてしまう。なぜなら2人は対立する村の出身で、そこのボスが殺すよう命じたから。殺された花婿の兄は復讐を誓う。
 そこでオープニングクレジットになるのだが、その後は、

 こうなる。
 サビは「一件落着、一件落着」です。
 主人公のギリは大学生(たぶん。「修士課程」という字幕もあったけど、修士には見えないぞ)。大学の食堂で乱闘事件(きっかけは振り回したコーラが他の学生にかかったこと)を起こし、田舎に住む姉のもとに送られる。その隣に住むカーヴェリに一目惚れして迫り続けるギリ…この顛末が延々と続き、冒頭のあれは何だったんだろうと思ったら、カーヴェリは冒頭の村のボスの娘なのだった。後半はなかなかバイオレンスたっぷりの展開で、愛あり、笑いあり(「新聞屋とお義兄さん」など、かなり無理矢理感あり)、アクションあり、の文字通りのマサラ映画だが、言いたいことは「大切なのは愛だよね!」ということであろう。
 カーヴェリ父の弟以上の存在である腹心の部下シブドゥがいい役だ。
 作りの基本は、

 細かいことは気にしない! だと思う。

 たとえば、街と原っぱや荒れ地はどのぐらい離れているのだろう、とか、そんなに知り合いに都合よく会うものなんだろうか、とか。「風船100個」とか。

 恒例ヨーロッパロケによる歌舞音曲シーンなのだが、男子は暖かそうにがっつりまかなっているのに、女子は薄い寒そうなドレスに手袋とスノトレ(滑らない冬用スニーカー:北海道方言)というのはどういうことかと言いたくなる。

 テルグ映画は他に見たことがないので、これがどの程度典型的なのかはわからないのだが、タミル映画から類推するに、ヒンドゥー映画に比べて、「こてこて」でいろいろなものが満載で勢いがあるような気がする。往年の『ムトゥ』に近いというか。
 自分は、ヒンディー映画の洗練された最近のも90年代のこてこてのも、タミル映画もテルグ映画もそれぞれ好きなのだが、なにせインド映画は本数もバリエーションも半端ではないので、いろいろ交互に見ていくと、あたかもチョコレートと柿の種を交互に食べるがごとく延々と見続けてしまうことになり、ああ香港映画も他の映画も見たいのだけど時間をどうしよう、ということになるのだった。
 現在首都圏で公開中の『あなたがいてこそ(Maryada Ramanna)』(公式サイトはこちら)と『バードシャー テルグの皇帝(Baadshah)』(公式サイトはこちら)は、現在のところ北海道公開が未定なのだが、日本版ソフトは出るのだろうか。
 とりあえず、英語字幕の動画はあるので、そちらを見ようかなあ。(『あなたがいてこそ』はこちら、『バードシャー』はこちら、あと、『Yamadonga』も見たい)。

 どうかどうか、札幌の劇場さま、『ダバング』と『あなたがいてこそ』と『バードシャー』、公開してくださいませんでしょうか。お願いいたします。

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『香港ルーフトップ』

 久々に本屋に行って、これを買いました。
 ドイツ・香港で出版された本が邦訳されたのである。
 ありがとう、パルコ出版。

 何気なく最初に開いたページがこれだった。

 拡大。

 これは裕民坊の屋上である。
 一度上ったことがある(記事はこちら)。

 そのときはこんなだった(再掲)。

20120109hongkong8

 建物は何もない。

 今回わかったのは、かつて、この屋上には、家が建っていて、人々が暮らしていたということ、自分が行ったときには、すでに彼らはどこかへ行ってしまっていたということだった。
 この本には、写真、平面図と、住民のインタビューが載っている。
 暮らしぶりは大変そうだが、他に行くところがない人、住み続けたい人もたくさんいる。
 今、觀糖のこの地区は、重建(再開発)が進んでいるが、入札が流れてしまい、まもなく再入札であるという。
 たとえば、土瓜湾にも、こんな建物がたくさんある。
 そして、土瓜湾も重建が進行中だ(記事はこちら)。

 外の人間の意見ではあるのだが、重建が進んできれいになってしまった香港と、屋上家屋が存在している香港、どちらが好きかと言われれば、圧倒的に後者である。住み続けたい人がいられなくなるのは、都市のあらまほしい姿ではないから。
 なので、香港が、愛すべき都市でありつづけることを願うばかりなのだった。

【追記】
 「屋上家屋」に住む人々をレポートした動画があった。
 「香港の「屋上家屋」問題
  End of the high life for Hong Kong's unwanted rooftop dwellers」

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イルファン主演の陸上競技映画『Paan Singh Tomar』(2012)

 『Bhaag Milkha Bhaag』の続き。
 インドの陸上競技ものといったら、これを外すわけにはいかない。
 うちのイルファン・カーン主演の『Paan Singh Tomar』。
 ポスターはこんなでした。

20140727paan_singh_tomar

 「香港インドぶろぐ」さん(今は記事が読めなくなっているのだが、大好きなブログなので復活をお祈りしている)で教えていただいて、イルファンに何が?!と重慶マンションに走った。
 しかし、名前がうろおぼえで「『とまーる・ぱーん・しん』はあるか?」と尋ねたところ(「シン」は名字というイメージがあった)、重慶マンションの兄ちゃんに、しばらく考えた末に「それは『Paan Singh Tomar』のことか?」と聞かれ、「そうそう、それそれ」と無事にゲットできたのである。
 ところが、これが字幕が半分以上ない根性視聴ものだったので、以下はかなり推測が入っていることを予めおことわりする次第。

 予告編。

 イルファン演じるパーン・シン・トマールは、実在の人物である。予告編の冒頭にもあるように、1958年から7年間インドの代表選手だったが、その後盗賊になった。『Bhaag Milkha Bhaag』のミルカー・シンと対比している動画もある。同じ年にスカウトされているんだなあ。
 お話は、イルファン演じるパーン・シン・トマールが、ジャーナリストを拉致し、自分の生涯を語って聞かせるところから始まる。
 ミルカー・シンと同じように軍隊で陸上競技にスカウトされ、障害物競走(でいいのかな。ハードルではないと思うのだが)でインド代表になった。後進の指導にあたっていたところ、言いがかりをつけられ(このへんのいきさつが、字幕がなくてよくわからない)軍も村も追われ、盗賊になるのである。前半が選手編、後半が盗賊編という作り。
 イルファン、踊っているのもあまり見たことないけど、走れるのか?と心配したら走ってハードルも飛び越えてました。何回も書いているけど、足が長くてかっこいいのである。しかし、何と言っても、後半の軍服姿が似合うわかっこいいわ。そりゃあ軍人や刑事にキャスティングされまくるよなあ、という、かっこよさ極まる強面演技であった。前半は若いときの役なので頼りなくてちょうどいいというか、見事に演じ分けているんですけどね。
 回想シーンで泣いてしまう。
 途中、東京での陸上大会が出てくるのだが、バックの文字が中国語っぽいとか、日の丸の赤い丸が小さすぎるとか、いろいろあるのだが、映画情報等でお世話になりまくりの『これでインディア』主催のアルカカットさんが通訳役で出演なさっているのが特筆すべきことであろう。詳しくはこちらを。アルカカットさんは、現在帰国なさっていて、新しくサイトを立ち上げられている。映画評など、もっと読みたいものである。
 それにしても、「たじまはるこ」さん、羨ましすぎ。イルファンに肩を抱かれて写真を撮ったうえ、回想シーンにも出てくるんですもの。いいなあ。

 この8月、ついにイルファン主演のインド映画『The Lunchbox(めぐり逢わせのお弁当)』が日本全国で公開されるので、これを機会にイルファン主演映画が公開されていくことを切望する次第です。『Bhaag Milkha Bhaag』も公開されるし、これなんか如何でしょうか。もちろんノーカットで。

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