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『愛と憎しみのデカン高原(Preminchukundam Raa !)』(1997)

 今年もインド映画公開は続き、首都圏ではテルグ語映画が2本公開されている。北海道地区での公開は未定(『Dabangg(ダバング)』も未定!)なので、羨ましいなあ、と思っていたところで、コレが録画してあるはずだと思い出して探したら、やっぱりあった。

   20140812preminchukundam_raa

 『愛と憎しみのデカン高原』。日本で公開されたことがあり(先日もされたらしい)、公開時のポスターはグレゴリ青山さんだった。
 なぜこれがあるかというと、むかしむかし、NHKBSプレミアムがBS2だったころに放映したことがあるのをDVD録画したのである。アナログ放送の頃で、ブルーレイ対応のプレイヤーでかけた上下左右に帯が入り、画面の面積が全体の半分以下になってしまったのだが、画面も少々粗いが、何はともあれ、

 日本語字幕!

 ありがたいことである。しかも、158分ということは、おそらくノーカット。やればできるじゃないの、NHK。
 少し時間ができたのでやっと見たのだった。

 冒頭、荒れ地の遺跡で結婚式を挙げるカップル。だがしかし、汽車に乗ってほどなくして殺されてしまう。なぜなら2人は対立する村の出身で、そこのボスが殺すよう命じたから。殺された花婿の兄は復讐を誓う。
 そこでオープニングクレジットになるのだが、その後は、

 こうなる。
 サビは「一件落着、一件落着」です。
 主人公のギリは大学生(たぶん。「修士課程」という字幕もあったけど、修士には見えないぞ)。大学の食堂で乱闘事件(きっかけは振り回したコーラが他の学生にかかったこと)を起こし、田舎に住む姉のもとに送られる。その隣に住むカーヴェリに一目惚れして迫り続けるギリ…この顛末が延々と続き、冒頭のあれは何だったんだろうと思ったら、カーヴェリは冒頭の村のボスの娘なのだった。後半はなかなかバイオレンスたっぷりの展開で、愛あり、笑いあり(「新聞屋とお義兄さん」など、かなり無理矢理感あり)、アクションあり、の文字通りのマサラ映画だが、言いたいことは「大切なのは愛だよね!」ということであろう。
 カーヴェリ父の弟以上の存在である腹心の部下シブドゥがいい役だ。
 作りの基本は、

 細かいことは気にしない! だと思う。

 たとえば、街と原っぱや荒れ地はどのぐらい離れているのだろう、とか、そんなに知り合いに都合よく会うものなんだろうか、とか。「風船100個」とか。

 恒例ヨーロッパロケによる歌舞音曲シーンなのだが、男子は暖かそうにがっつりまかなっているのに、女子は薄い寒そうなドレスに手袋とスノトレ(滑らない冬用スニーカー:北海道方言)というのはどういうことかと言いたくなる。

 テルグ映画は他に見たことがないので、これがどの程度典型的なのかはわからないのだが、タミル映画から類推するに、ヒンドゥー映画に比べて、「こてこて」でいろいろなものが満載で勢いがあるような気がする。往年の『ムトゥ』に近いというか。
 自分は、ヒンディー映画の洗練された最近のも90年代のこてこてのも、タミル映画もテルグ映画もそれぞれ好きなのだが、なにせインド映画は本数もバリエーションも半端ではないので、いろいろ交互に見ていくと、あたかもチョコレートと柿の種を交互に食べるがごとく延々と見続けてしまうことになり、ああ香港映画も他の映画も見たいのだけど時間をどうしよう、ということになるのだった。
 現在首都圏で公開中の『あなたがいてこそ(Maryada Ramanna)』(公式サイトはこちら)と『バードシャー テルグの皇帝(Baadshah)』(公式サイトはこちら)は、現在のところ北海道公開が未定なのだが、日本版ソフトは出るのだろうか。
 とりあえず、英語字幕の動画はあるので、そちらを見ようかなあ。(『あなたがいてこそ』はこちら、『バードシャー』はこちら、あと、『Yamadonga』も見たい)。

 どうかどうか、札幌の劇場さま、『ダバング』と『あなたがいてこそ』と『バードシャー』、公開してくださいませんでしょうか。お願いいたします。

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