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アンコール・トムの王宮跡

 「アンコール・トム」とは「大きな都」の意味らしい。1辺が3キロの壁に囲まれた都で、ジャヤヴァルマン7世により建設された。王宮はその北西部にある。当時は建物が建ち並んでいたらしいが、現在は王宮跡と幾つかの寺院の跡以外は森林に覆われている。
 アンコール・ワットの前を通って南大門を入ると、しばらく森林が続き、バイヨン(アンコール・トムの中心にある)の前を通る。その後、道は王宮のテラスの前を通ることになる。

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 テラスの上から南側を見た景色。テラスは北側の「ライ王のテラス(長さ25メートル)」と「象のテラス(長さ350メートル)」からなる。

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 これはライ王のテラスの基盤部分。

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 神様がたくさんいる。天国と地獄と海の底が描かれているらしい。
 「ライ王のテラス」の「ライ王」という名称は後世設置された像に由来するのだが、テラスは王族の火葬場だったらしい。かつては上に大きな寺院があったという説もある。

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 こちらは「象のテラス」。インドラ神の乗り物である3つの頭を持つ象さんが蓮の花を花に絡めて遊んでいるところらしい。象の行進の浮き彫りもある。このテラスの正面に「勝利の門(アンコール・トム)の東門)」があり、王様が凱旋した軍隊を向かえたとか、儀礼が行われたとか。

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 テラスの上から見た景色。
 現在は駐車場になっているが、かつては象がぎっしりだったんだろうなあ。後ろの塔のような建物は10基あり「綱渡りの塔」の異名があって、軍が出陣するときに舞が舞われたりしたらしい。

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 テラスの背後にある王宮に向かう門。
 真ん中が王様専用で、右側が王の親族、左側が家臣用だったらしい。
 観光客は王様の門から入る。

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 しかし、王宮は木造建築だったうえ、火事になったりして残っていないのだった。柱に仏が彫られたり鏡が張られたりした壮麗な建物だったという。

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 王宮の中にあるピミアナカス(天上の宮殿)。
 王が祈りを捧げたり儀礼を行ったりした場所らしい。
 王は即位する毎に自分の王宮を建てるらしいので、王が変わると王宮の場所も変わるのだが、ここは1181年以降にジャヤヴァルマン7世が王宮とする以前に、9世紀末からピミアナカスが建てられ、何度か王宮になっている場所である。実は、ここに登った後、自分はその手の能力は全くないのだが異様に身体が重くなり具合が悪くなった。王宮の中に建てられたのではなく、この場所があるからここを王宮にしたような気がしてしかたがない。

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