カテゴリー「本」の131件の記事

意外によかった『週末香港&マカオ!』

 自分で言うのもなんだが、香港旅については、すれっからしな方だろうと思う。ガイドブックも買わなくなったし。

 地球の歩き方MOOKは一応買うけど、新しいお店の確認をするぐらいで、現地では基本的に『香港街道地方指南』と『通用乗車地図』(ものすごく詳しいバスマップ。香港の街頭で並びながら読んでいたら「それどこで売ってるの!?」と北京語でものすごい勢いで聞かれたことがある)で用がたりる。
 ところが、まったく期待せずに立ち読みしたこれが、意外によかったのであった(買いました)。

 「2泊3日」とかいうから、よくあるお手軽ガイドかと思ったら、少なくとも著者のお一人である岡田和恵さんは、かなりなマニアとお見受けした。もう一方の吉田さんという方はそれほど詳しそうではないので、まあ、よい組み合わせなのだろうと思う。
 なにせ、記事のタイトルに「集合的記憶(集體回憶:動画はこちらとか)」がある!記事のタイトルは「香港に漂う「集合的記憶」のかけら」で、再開発計画についている番号とか、「再織城市」のことが載っている(ただし、ホンハムのビル倒壊については「ビルは直ちに取り壊され」というのは誤りで、2011年12月に確認したところではビルはまだ残っていて電気もついていた。その前の写真だけど参考記事はこちら)。続く記事は「街市」で、その次が「映画ロケ地巡り」。イラストはおおのきよみさんである。
 「食べる関連」の記事では、フードーコートの2大チェーンの使い分けやら。茶餐廳の記事ももちろんあって、「ママはベリーダンサー」に出てきた鑽石咖啡冰室が紹介されている。
 紹介されていた歌賦街の牛記茶室には今度行ってみよう。

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 中区警署が公開されたのって、再織城市の一度だけだったんだなあ。また公開すればいいのに。

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林雪が史上最高に可愛い「香港情夜」

 あけましておめでとうございます。
 「雪で引き返すかも」と言われながら(またかよ!と思いました)無事に香港から戻りました。禍福は糾える縄の如し。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 さて、今年の最初の記事はこれ。
 むかしから記事にしようと思ってきたのだが、なかなか機会を得ず。なんで書くことにしたかというと、今回の香港で下駄のように愛用した1Aのバスが太子道東のお花屋さんが多いあたりを通るたびに、必ずこの映画のことを思い出したから。

 日本映画だけど実質的には完全に香港映画だと思う。香港では三級片扱いだけど、いい映画である。2002年公開。

 これです。
 主演は「花火降る夏」主演で「無間道」ではアンディ・ラウに尋問されてたトニー・ホーと、伊藤かな。監督のサム・レオン(梁徳森)って誰かいなと思っていたら、こういう人だった。「無問題」とか「軍鶏」のプロデューサーなのか。
 お話は、香港に修学旅行に来た孤独な女子高生鳴島愛が、同じく孤独でおそろしく無口なタクシー運転手阿寶に拉致監禁されるというもの。といっても、全然えげつなくなくて、言葉が通じない孤独な二人の心がだんだん近づいて行くところが見どころだと思う。初めて名前を教え合うところは、なんというか、やっと言葉が通じた!言葉って大事よね!と、しみじみしてしまう。
 阿寶がなぜそのような行為に及んだかというと、唯一の家族だった豚を亡くし、豚がつけていた鈴と同じ音色の鈴をタクシーに乗った愛がつけていたから。阿寶のお家が新界の古い家で、古い年画が貼ってあったりする室内や中庭や屋上のたたずまいがいい。食事は最初は外賣だったのが(それはそれで羨ましいけど)最後は手作りになるのよね。屋上のシーンから手作りご飯になりタクシーで街へ出るシークエンスがとても素敵だ。ネーザンロードや女人街のあたりがきらきらしているし。ある意味「街もの」映画でもある。
 昼ご飯を食べる茶餐廳の常連が羅家英と孟海と張堅庭なところも見どころだ。あの茶餐廳どこなんだろ。
 そして、なによりの見どころは、

  林雪がかわいい!

 ちょっと頭のあったかい役で、豚が死んだというのにそれを理解せず餌を持ってくるのだが、愛を見つけてそれはそれは嬉しそうにするところが、もう可愛くて可愛くて。「はいっ」と、愛にひよこを持ってきてくれて、「カワイイ」という言葉を覚えて連発するんだけど、それより何よりあんたがカワイイよ、林雪。林雪史上最高の可愛さ。

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 わたくし、実はこの映画で林雪を見初めました。
 もう、出てくるたびに画面に手を振ってしまう。

 もうひとつ密かに受けたのは、愛が持っていたガイドブックで、1996年発行の『香港旅遊指南―スターが教える食・買・遊ぶ』という本なのだが、中身は、香港明星のインタビューが満載で、浦川とめさんの「香港アイドルおっかけ奮闘記」というマンガが載っていたりして非常にマニアック、修学旅行の女子高生が持っているような本ではないのである(さきほど読み返したら「劉青雲は「大三元」の記者会見をぶっちぎって彼女と札幌雪まつりにいったという噂がある」ということを知った)。
 劇中、愛がガイドブックを見ながら片言の広東語を話してみるとか、愛が女人街に行きたがっていることを阿寶がガイドブックで知るというくだりがあるのだが、そんなもん載っていません。本の中のカットは『地球の歩き方』かなあ。
 なんでまたこのガイドブックを、と思ったら、著者のひとりである鈴木理香子さんが撮影の際の通訳で、通訳の役で出演もしていたことを今回発見。だからなのかなあ。

 レンタルなどでは日本映画のカテゴリーに入っているせいか、あまり話題にのぼらないのだが、香港映画として個人的にお勧めの1本なのであった。

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『増補改訂版 ヒグマ』

 まだまだ続く繁忙期。いきなり出張が入り、明日から2泊3日で東京である(せめてもの娯楽として築地に行く予定)。
 しかし、ふと集中力が切れ、買ってしまった。
 立ち読みしたら止まらなくなったの。

 アマゾンでは一時的に在庫切れだ。
 やっぱりヒグマが出没しつづけているせいかしら。この間は、子連れの母グマが自動車をぶんなぐってたしなあ。逃げたかったせいらしいけど。
 この本は「ヒグマとの共存は人身事故の防止が前提」という観点のもと、ヒグマのありとあらゆることについて、冷静かつ精緻かつヒグマへのあふれる愛情をもって書かれた「ヒグマの総合事典」である。

 章立ては、
  1 人身事故とその対策
  2 ヒグマとの共存策
  3 進化と分布
  4 身体と生態
  5 アイヌ民族とヒグマ

 第1章「人身事故とその対策」を熟読しただけでも、役に立つ情報がいっぱいである。

 ヒトを襲う熊の存在率は2000分の1。
 ヒグマがヒトを襲う原因は
  食害(食べる)
  排除(ヒトを追い払いたい)
  戯れ(!)・苛立ち

 ちなみに「戯れ」が原因と思われるものは3例あり、いずれも生還しているのだが、撃退した方法の一つが「口に手をつっこむ」だった。「食害」目的で武器を携帯していない場合は生還率ゼロ、「排除」目的の場合は確率半々。しかし、ヒグマの目的ってわかるものなのかしら。

 「不幸にしてもし万が一ヒグマに遭遇した場合は、勇猛心を奮い立たせて絶対に気合い負けせず、ヒグマからできる限り離れることを念頭におき、次の方法をなす」(以下要約引用)。

第一段階
ヒグマの様子を窺いつつ静かにヒグマから離れること。背を見せたり走って逃げては絶対駄目である。走って逃げると必ず襲ってくることを念頭におくこと。そして、普通の音声か少し高い音声で何でもいいからヒグマに話しかける(!)。そして、クマの通路を自分が邪魔していることもあるので、話しかけながらゆっくり退去し、横に避けてみる。

第二段階
なおもヒグマが接近してきたら、間を与えつつ大声で一進一退しながら少しずつヒグマから離れる。持ち物があればそれを少しずつ、なければチリ紙でもいいから2〜3枚丸めて唾や泥をつけたり、小石や小枝でも拾って、クマのほうに投げて気をそらす。

第三段階
それでもなお執拗に接近してくるようならば、これはヒトを目当てと考え、格闘することを決意すべきである。鉈があれば言うことはないが、なければ棒切れでも小石でも拾い持ち、大声でクマを威嚇しながら立木などを挟んでクマと対峙する。

第四段階
そして、ヒグマが襲ってきたら、ひるまず反撃し、鉈でヒグマのどの部分でもいいから叩きつけること。鉈で叩きつけるとクマもひるんで逃げるものである。現状では、これ以外に襲ってくるヒグマを撃退する有効な方法はない。

いずれにしても、一般人を襲うヒグマはごくまれにしかいない。


 詳細かつ具体的なインストラクションである。「ヒグマに話しかける」なら自分にもできそうな気がする。犬には話しかけるからな。

 このあと、実際に襲われてヒグマを撃退した具体例がたくさん紹介されたり、ヒグマの生態がくわしーく解説されたりするのだが、食性とか行動範囲とか、参考になる。あちらこちらにヒグマ目線が感じられるのがほほえましい。
 写真につけられたキャプションが「人に遭遇して不快感を示すヒグマ」だったり。

 ヒグマは知れば恐るるに足らずという気がしてきたぞ。

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『香港 路地的 裏グルメ』

 待つこと久し、やっと買えた。

 

 『香港女子的裏グルメ 』の続編である。こちらのブログをまとめたのが前作だったけど、補足の取材をしている模様。

 章立ては、「深水埗」で始まり、「太子〜油麻地」「尖沙咀」ときて「西環」。次いで「上環〜中環」「湾仔〜銅鑼湾」「大坑」「天后〜北角」「筲箕灣」ときて、「冰室礼賛」。
 冰室は、こちらで紹介した上水の廣成冰室が筆頭。まだ行ってないんだよね。で、次が、中國冰室。当然のようにジョニー・トー先生とPTUに言及されていて、やっぱり檸琲頼みますか。頼むと、おばちゃんに「あんたもかい!」という顔をされるんですか。まあ口に合わないようなら無理して頼まなくてもいいと思うけど。檸琲は冷たいのが美味しいと思うけど。
 問題は何かというと、

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 中國冰室のこのフロアにですね、
 猫が写ってるんです。猫!ほっそりした三毛。
 3回行ったけど、会ってないぞ、猫。
 行かなければならないじゃん。

 そして、続いて出てくるのは、やっぱり

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 白宮冰室
 席がべっこり凹んでいたという描写から察するに、この写真を撮ったのと同じ席に座ったと思う。まあ、呉鎮宇とか秋生さんには暴れてもらわなくていいと思いますけど。
 ああ、行きたいなあ。
 で、次に出てくるのが、深水埗の華南冰室。たしかに、あそこのおっちゃんはよかった。深水埗は行きたいと思いつつ2008年の末に一度しか行っていないんだよね。
 大坑とか西環とか筲箕灣もちゃんと歩いてみたいしなあ。それより觀塘がどうなってるか心配だし。

 というわけで、里心が猛烈に横溢してしまい、思わず香港行きの予約をしてしまったのだった。
 行けるといいな(まだわかんないけど)。

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巨星墜つ:小松左京死去

 作家の小松左京さんが亡くなった。

SF作家の小松左京さん死去
 「日本沈没」や「復活の日」などで知られる日本を代表するSF作家の小松左京さんが、26日、肺炎のため亡くなりました。80歳でした。
 小松左京さんは大阪市出身で、京都大学に在学中に同人誌で作品を発表し、卒業後、経済誌の記者や漫才の台本作家などを経て、昭和37年に文芸誌「SFマガジン」に投稿した作品が掲載され、SF作家としてデビューしました。昭和38年の日本SF作家クラブの発足当時から参加し、「日本アパッチ族」や「エスパイ」、「果しなき流れの果に」などの話題作を次々に発表しました。中でも昭和48年に発表した「日本沈没」は、地殻変動で日本列島が海に沈むという壮大な物語を科学的な知見に基づいて克明に描き、その年に400万部を超えるベストセラーになって映画化されるなど、社会現象を起こしました。
 小松さんは、その後も、新型ウイルスの恐怖を扱った「復活の日」や、ブラックホールに立ち向かう人々を描いた「さよならジュピター」、それに日本SF大賞を受賞した「首都消失」など、人類や文明の未来を描きながら、科学技術の進歩に警鐘を鳴らす多くの話題作を手がけ、長年、日本のSF界をけん引してきました。また、昭和45年に大阪で開かれた日本万国博覧会のプロデュースに携わったほか、平成2年に開かれた国際花と緑の博覧会の総合プロデュースを務めるなど、広範な知識と行動力を生かし作家の枠を超えて幅広い分野で活躍しました。
 小松さんと半世紀にわたる交流があったSF作家の眉村卓さんは「初めて会ったときから、大きくてエネルギッシュな人だなという印象でした。宇宙や人間、そして文明というテーマを真正面から見据え、いわゆる小松流といわれる本格的なSFを書かれました。一貫してSF界のリーダーであり、よくやってくださった。お疲れ様でしたと声をかけたい」と話していました。
 小松さんと親交のあった漫画家の松本零士さんは、「小松さんの作品は、私も子どもの頃から読んでいて、憧れの作家でした。小松さんは、SFの世界をより親しみやすく、おもしろく書いた偉大な作家で、戦後の新しいSF小説の第一人者だったと思います。絵心もあり、表現力も非常に豊かでした。小松さんが亡くなったことは、SF界にとって非常にショックなことだと思いますし、私も寂しく残念でなりません」と話しています。
 小松左京さんがおよそ30年前に会長を務めた日本SF作家クラブで、現在、会長を務める新井素子さんは「小松さんの作品は、今から30年ほど前、小学生か中学生の頃に初めて読んで以来憧れの方でした。SF作家の中で、憧れていない人はいないと思います。今は衝撃が強すぎてことばになりません。心よりご冥福をお祈りするとともに、安らかにお休み下さいとことばをかけたいです」と話していました。
 小松左京さんに関する評論を手がけた作家で批評家の東浩紀さんは「小松さんは、戦後の日本が、廃虚から立ち上がろうとしていたときに、日本が科学技術の力で目指していた夢を体現した作家だった。代表作の『日本沈没』も決して後ろ向きな作品ではなく、政府や官僚の努力がいかに日本を救うかというもので、どんな苦難も乗り越えることができるという未来に向かって、非常に強い前向きなメッセージが込められたものだった」と話しています。

 ソースはNHK(改行を入れました。いくら放送原稿だからと言っても改行ぐらい入れたらどうか>NHK)。

 新井素子が日本SF作家クラブ会長かよ!というのはともかく(高校生デビューしたイメージがいまだに強いので)、小松さんが80歳じゃなあ。そういう年回りか。30年前に会長だったんだしなあ。
 小松さんの早川文庫JAはたぶん全部ある。角川文庫から出ていた緑色の背表紙の本もたぶん全部ある。当時はそれはそれは読んだ。SFのベストを挙げよと言われたら『果てしなき流れの果てに』が入ると思う。
 しかし、一番よく読んだのは多分これだな。

 『復活の日』。草刈正雄主演で映画化された。
 風邪で寝込んだときに読むと、それはそれは臨場感があったものだが、それより何よりSARSや豚インフルエンザのときには「復活の日」じゃん!と思ったものだ。親のカッパブックスを強奪した『日本沈没』も何回読んだかわからない。特に今読むと、いろいろと考えることが多い。執筆当時は、まだパソコンなんてなかったのに、コンピュータシミュレーションしてたんだよなあ。
 女性の描き方がステレオタイプなのはずーっと違和感があったけど、真に巨人であったと思う。
 本当にお世話になりました。
 心からご冥福をお祈りします。

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「東京日和」

 ちょっと辛い日々が続いているのだが。
 Ustreamで、大貫妙子&坂本龍一のUTAUコンサート生中継をまるごとやっていて驚く。はじめから終わりまで太っ腹すぎ。アンコール(「戦場のメリークリスマス」と「風の道」)でしみじみする。学生の頃好きだったんだよ、大貫妙子。
 ただで流していいのか、と思ったのだが、ついiTuneでアルバムを買ってしまったことです。コンサート最終日は札幌なんだよねえ…ひろげる効果はあるんだな。

 大貫さんつながりで、書いておいた記事を。

 荒木陽子さんは、写真家の荒木経惟さんの奥さまである。90年にガンで亡くなった。エッセイを何冊か出していらして(当然写真はご夫君の荒木さん)、今でも好きだ。いろいろあったようではあるが、とても仲がよかったのだなあ。腹の据わった頭のいい人だと思う。経惟さんは陽子さんの写真をたくさん撮っていて、いかにも美人というタイプではないのだが、撮り方によって、すごみのある顔にも、美人にもかわいらしくも写る方だった。
 『東京日和』は、陽子さんの最後のエッセイ。正確には、絶筆になった3編のエッセイに、荒木経惟さんが撮った陽子さんの写真と、亡くなってから撮った写真を併せて本にしたもの。
 で、この本をもとにした映画があることをこの間知った。

 予告編。

 映像と音楽がとてもいい。音楽は大貫妙子だし。主題曲の編曲は坂本龍一だし。風景の撮り方とか、有楽町や下町の景色もちょっと荒木さんの写真みたい。主人公夫妻が住んでいるバルコニーの広いマンションは、写真で何度も見た荒木さんちのようだ(もしかして本物かと思った)。
 だがしかし。どう考えても荒木さんご夫妻をモデルにしているとしか思えない主人公夫婦は竹中直人(監督もしている)と中山美穂なのだが、どうにもイメージが合わない。名字は変えているのでそのまんまというわけではないのだろうけれども、陽子さんは情緒不安定な不思議ちゃんじゃないし、そんなに危なっかしい関係ではなかったと思うし。二人とも自分を持て余しているようにしか見えなくて、他がいいだけに、よけいに主役2人がひっかかってしょうがない。
 本の『東京日和』のエッセイの最後は、病院から退院して「今夜はカキ鍋にしましょうね!」なんだぞ。映画では、そんな関係にはとても描かれていなかったと思うぞ。あと、チロちゃんはとら猫じゃないし。
 映画を作った人は、『愛情生活』や『愛情旅行』(新書になってたのか)も読んでるはずなのになあ。
 wowowでやっていたのを録画したのだが、2人を見るのが辛くて消してしまった。本当に惜しいことである。

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佐野洋子さん死す

 佐野洋子さんが亡くなった。
 11月5日に乳がんで。享年72歳。
 知ったのが、遅まきながら今日の通勤中にネットでニュースを見てのこと。地下鉄の車中だったので心の中で泣いた。

 おそらく『100万回生きたねこ』で有名だとは思うのだが、エッセイがとても好きだった。
 昔の『本の雑誌』で、群ようこさん(当時本の雑誌社の事務だったと思う)と並んで「ダブルようこ」として連載を持っていたころからずっと読んでいた。エッセイ集はたぶんほとんど全部持っていると思う。
 中国で生まれて、終戦は中国で、お母さんはやってきたソ連兵に向かって子供をずらりと並べて泣いて見せて危機を逃れ(その間お父さんはのんきにふらふらしていたらしい)、なんとか引き揚げてきたものの身体の弱かったお兄さんは早くに亡くなり、という生い立ちの話は何度も読んだし、その後のいろいろな話も何度も何度も読んだ。一見ぶっきらぼうな語り口だったけど、人の弱いところ変なところにとても暖かい人だったと思う。
 離婚しちゃったけど谷川俊太郎(呼び捨て)と結婚していたこともあって、そのときにはさすが谷川俊太郎、見る目があると思った。そのときの苦労が『クク氏の結婚、キキ夫人の幸福』に反映されていたような気がする。なんとなく。(【けっこう検索がくるので追記】『ぼくはこうやって詩を書いてきた 』の年譜によると、1990年に結婚して1996年に離婚したようです。谷川俊太郎はけっこうダメージが大きかったみたい)
 特に好きだったのはコレ。

  

 
 「だってラブ・イズ・ザ・ベストと思っていましたもの」という表題エッセイのおばさま、デパートの白い女、だれもいない温泉付き別荘に住んじゃった芸術家など、出てきた人々は隣の人のように覚えている。
 今、アマゾンで見たら、著作リストのほとんどは在庫がなくて取り寄せ待ちなのね。中古はあるけど。

 佐野さん、どうぞゆっくりお休みください。今まで本当にありがとうございました。

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煮込みハンバーグとブロッコリの梅わさびマヨネーズ

 明日がお休みなのがとっても嬉しい。
 することはあるんだけどね。

 昨日の続きなのだが、ミートソースブームはしばらく続いた。さすがにちょっと目先を変えようと、この間の週末は、トマトソースと、

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 煮込みハンバーグ。つけあわせは小松菜のバタ炒め。
 実は材料はミートソースとほとんど同じ。

 こんなのも作った。

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 ゆでたブロッコリに、梅干しを叩いたのとわさびと少しみりんとお醤油を入れたマヨネーズをかけたもの。
 実はどちらもネタ元はこちら。

 

 よしながふみさんの『きのう何たべた?』4巻。モーニングに月1回の連載なので、コミックスが出るのは年1回、毎年今ごろなのだった。相変わらずよくできていて、しかも実用的。いっしょに食べるということは人間関係の現れなのだなあ。

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『好好台湾』と『奇怪ね』

 青木由香さんの新刊である。

  

 青木さんの本は1回目に台湾に行ったとき、『台湾 ニイハオノート』を読んだのが最初。面白かった。
 この本にも普通のガイドブックにはぜったいに載っていないようなことが書いてある。「小慢」って営業形態が変わっていたんだなあ。師大のあたりは次に行ってみようと思う。

 で、この間行ったとき誠品書店で買ったのがコレ。

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 台湾で2万部売れたらしく積んであった。
 『奇怪ねー』だと思ったら『奇怪ね』で、現地の人に聞いたところ、題名の横の「ろへ」みたいなのは台湾の発音記号で「ね」なんだそうだ。たしかにひらがなは読めないよね。意味は「おかしいね」とのこと。

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 日本人の目から見た台湾のおもしろいところが書いてある。これは「パスタ警察」というページ。台湾のパスタはいろいろあるらしい。油麺を湯通ししただけとか。しかし、「台湾式イタリア麺のなかに本物を見つけたときの喜びは格別だ!」そうです。本文は中国と日本語併記で、中国語の勉強にもなる。
 個人的に受けたのは、「踊れ!台湾人」というページで、台湾はゴミの日とか収集時間が決まっていなくて、ゴミ収集車の音楽(オルゴールの「乙女の祈り」でうちの田舎のむかしとおんなじ)が聞こえるとみんなゴミ袋をもって集まってくるのよ。びっくりした。

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 こんなふうに(ぼけてますが)。

【追記】『奇怪ね』は、日本版がめでたく発売されました。

  

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動物でなごんでみる

 いやいや。
 職場でなかなかに衝撃的なことがあり、私自身に非はないのだが被害甚大、思いっきり善後策に走り仕事が増えることが確定。自分のことより他人様のケアをするのと怒りを抑えるのが大変だ。
 おまけに、来週の火曜日の天気予報が「暴風雪」。えええ〜。多肉は毎晩総員待避をしているけども。
 これは血圧を下げなければならん。
 というわけで。

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 通りすがりのトラックの荷台にて。
 キミはもしかして前世は人間なのではないか?
 さんざん話しかけているところにやってきた飼い主さんに聞いたところ、8歳だそうだ。

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 夕張石炭の村から買い上げられてきたらしい。
 よかったね。

 それから、前から紹介しようと思っていた、

 チロちゃんは写真家アラーキーこと荒木経惟さんの愛猫である。たしか1988年生まれだと思う。22歳。90年に奥様の陽子さんが亡くなったときに写真集『愛しのチロ』を棺に入れてあげてた。色っぽい美猫である。
 実は、荒木さんにはお会いしたことがあって、大通りをぷらぷらしていたら偶然パルコで写真展をやっていて、おお、と入ったところが様子が変。30分後にサイン会だった。知っていれば写真集持ってきたのに、大抵のは持っていたのにと思いつつ、持っていなかった最新の写真集をなんとか買い、写真を見ながら待機していたところ、1メートルおいた隣にご本人が!いやー、人間、ああいうときは何もできないし言えないものだと痛感。なるほど、この人にカメラを向けられたら何でもしちゃうね、と思ってしまうチャーミングな方でした。
 で、サインをいただいて握手もしていただいたときに思わず「チロちゃん、元気ですか?」と聞いてしまったわけです。「いやー、最近は寝てばっかりだよ」とおっしゃっていたのが、確認したら93年。あれから17年経ったのか!とびっくりしたのだが、享年22歳でチロちゃんは死んでしまったのだった。人間にすれば104歳だという。えらかったねえ。
 
 動物は無心なのがえらい。
 愛とは注ぐものなのだなあ、と思う。
 怒るのは心身を共に損なうものだ。

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